中野大学
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[非表示]新宿駅兼中野駅付属皆木大学[編集 | ソースを編集]
学校基本情報
学校名 新宿駅兼中野駅付属皆木大学
学校区分 大学
設置区分 私立
所在地 東京都新宿区北新宿2−5−25
郵便番号 169−0074
創設者 皆木 ホヤジュース
創立年 1911年
略称 中野大学
学生数 約4,000名
学部 全6学部(哲学体育学部、構内交通学部、ホヤ栄養学部、未来考古学部、皆木記念学部、国信連携連絡学部)
伝統行事 「皆木ナイト」(像を囲んで夜通し願いを唱える)、「ジュース祭」(全校生でホヤ風ジュースを作る)
中野大学・正式座右の銘(明朝体で門に刻まれている)
「笑而問うべし、ホヤに従い、駅に迷うとも、是れ学なり。」 読み「えみしてとうべし、ほやにしたがい、えきにまようとも、これがくなり。」
校歌:「うっかり校歌」
今の校長:髪が梨男
皆木 ホヤジュースの詳細[編集 | ソースを編集]
1897年11月23日、新宿区で生まれる。
1904年9月、日露戦争を何かのスポーツと勘違いして参加。右腕を撃たれ、朝日新聞に取り上げられる。
1911年11月5日、戦争をスポーツとしてみんなが勘違いしないため、中野駅付近に大学を設置。その頃は「皆ジュース大学(あだ名)」で呼ばれていた。その頃の正式名称は書物が残っていない。
1928年2月19日 初代校長の皆木 ホヤジュースが心臓発作と貧血で死去。2代校長のサザン 蔵之介になる。
本校の歴史[編集 | ソースを編集]
皆木ホヤジュースが生きてた頃(1911から1928年)[編集 | ソースを編集]
1904年9月、日露戦争を何かのスポーツと勘違いして参加。右腕を撃たれ、朝日新聞に取り上げられる。
1911年11月5日、戦争をスポーツとしてみんなが勘違いしないため、中野駅付近に大学を設置。その頃は「皆ジュース大学(あだ名)」で呼ばれていた。その頃の正式名称は書物が残っていない。
1928年2月19日 初代校長の皆木 ホヤジュースが心臓発作と貧血で死去。2代校長のサザン 蔵之介になる。
皆木ホヤジュースの死後 (1933から1945年)[編集 | ソースを編集]
1933年5月7日、現在の名称に変更。
1945年3月10日未明、アメリカ軍による無差別爆撃の東京大空襲でほとんど焼ける。しかし第2ホールの皆木 ホヤジュース像周辺だけが皆木ホヤジュース像がオーラを放ち、無事だったという伝説があ
戦後復興と高度経済成長期(1945から1970年)[編集 | ソースを編集]
東京大空襲で大半の施設を焼失した中野大学(正式名称:新宿駅兼中野駅付属皆木大学)は、一時は廃校の危機に瀕する。しかし、皆木ホヤジュース像の奇跡を目の当たりにした学生と教員、そして地元住民たちは団結し、 1946年4月:「皆木ホヤジュース再建基金」が立ち上がり、瓦礫の中から仮設校舎を建設。
1950年:旧校舎跡に「第2皆木記念講堂」が再建され、同時にオカルト研究会が正式な学会に昇格(のちに廃止)。
1964年:東京五輪にあわせ、「皆木オリンピック記念競技場」を開設(ただし公的記録には未登録)。
中野大学の学術的黄金時代(1980年から1990年)[編集 | ソースを編集]
この時期、「皆木的教育法(ミナマティック・メソッド)」が注目される。 「体育」「哲学」「駅構内学」「即興討論学」などのユニークな学部が設置。
1983年5月19日:教授の一人が“JR構内の動線設計における心理的負荷論”で国内最優秀論文賞を受賞。 学食で「ホヤジュース定食」が大流行。いまも週1で提供中。
不可解事件と現在(1990年~現在)[編集 | ソースを編集]
1997年:創設100周年を迎えるが、記念式典中に皆木像の目が一瞬光るという報告が相次ぐ。この事件以降、学生の間では「像に願うと卒業できる」という都市伝説が定着。
2008年:大学公式マスコット「ホヤじゅん」が誕生。中野駅の構内で非公式に踊っていたところからスカウトされる。
2020年3月:コロナ禍では「リモート皆木像お参りアプリ(β)」を開発。Google earthと37回目の協力を試みるが、また失敗。 学内唯一のコンビニ「ホヤマート」は深夜3時まで営業。
2025年:大学非公式マスコット「山田ウキッキ」が登場、大学構内で密売されている。
座右の銘の解説[編集 | ソースを編集]
「笑而問うべし」 笑いながら問うことを是とする皆木ホヤジュースの初期教義。 ※1912年の教壇で「人はなぜホヤを笑うのか?」と述べた伝説に由来。 「ホヤに従い」 ホヤジュースを拒む学生はなぜか卒業できないという、創立初期からの風習。ホヤに逆らうことは教育理念への反逆とされていた(今もされている)。 「駅に迷うとも」 大学構内が鉄道構造と奇妙に融合しており、校内を歩くと意図せず駅構内に転送される現象を前向きに捉えた文言。 「是れ学なり」 意味がわからずとも、それが学びであると強引に収める奥義。中野大学における思考の放棄と深淵の受容を体現。
門の仕様: この銘は、1911年製の皆木式玉石門(重さ7トン)に金文字で刻まれており、毎年ジュース祭の前夜にしか読めないとされている(ホヤ汁で金色が浮かび上がるため)。
学生による誤解・伝聞座右の銘バージョン(通称「ホヤノミコト」) 「駅で笑ってホヤ飲んでたらなんか単位来た」 主に2年の春頃に多く見られる謎の現象。 これを唱えている学生の多くが留年するため、現在は禁止ワードに近い。
校歌[編集 | ソースを編集]
中野大学 校歌 「うっかり校歌」 笑いて問えよ ホヤの風
駅に迷えば それ学び
口臭の香り モワモワと
皆木の像は 今日(いま)も語らず
我らは学徒 ホヤの民
作詞:皆木ホヤジュース(※遺言に近い落書き)
作曲:第3代校長 髪が梨男(尺八と汽笛による楽曲)
山田ウキッキのラップ(これも非公式)[編集 | ソースを編集]
非公式応援ラップ「ホヤホヤ・ウキビート」
(作詞:山田ウキッキ ※記録映像より書き起こし)
Yo yo yo!中野の駅と新宿の間!謎の大学、その名はホヤ団!創立者ホヤジュース でっけぇ像!でも目ぇ光るとか意味が謎!ジュース祭りでホヤ混ぜる〜味は謎だが魂燃える哲学体育でダンスし放題!駅構内学?どゆこと?知らん、でもイイ vibes!オレはウキッキ、夜の猿!願うなら像に手ぇ合わせろ、まず!単位も夢もホヤにまかせろ〜中野スピリット、夜空にかけろ! (間奏:駅の自動改札音 × 尺八ビート) ホヤ! ホヤ! ジュース! ジュース!卒業できなくてもニュース!ニュース!意味不明でも感じろフィーリング!皆木イズムは No・チュータリング!
豆知識:
このラップは、構内の自販機で一定時間ホヤ風味商品を連打すると流れるという噂があります(信憑性不明)。
学内放送で流そうとして教務課に怒られた前例あり。
非公式なのにファン多し。文化祭ではCD-Rが密かに配布されている。